- 2021-05-18 Tue 03:48:26
- ウマ娘

ウマ娘のトレーナーは少ない。
単純に人とウマ娘の割合だと言われればそれまでだが、それを踏まえても少ない。
それにトレーナーと恋愛関係になり、家庭に入るウマ娘も多いので、私はこれまでウマ娘のトレーナーというものを見たことがなかった。
「うわー、君速いねー。でもこんな時間まで練習してたら風邪ひいちゃうよ」
そして今初めて見た。
冷たい夜風に逆らうように尻尾が揺れ、胸元のトレーナーバッチがきらりと光っている。
「……何か用でしょうか?」
「いやさ、トキ……じゃなくて、あの人、あの緑の格好で理事長秘書の人。なんて名前だったっけ」
「たづなさんの事ですか?」
「そう!そのたづなさんから最近夜遅くまで練習をしてる娘がいるって聞いたから会ってみようと思ってさ」
たづなさんの事も知らないようだし、ウマ娘のトレーナーなど今まで見た事もなかったので、新しいトレーナーかなと思っていると予想通りの答えが返ってきた。
「私は最近トレーナーになってここに戻って来たばかりだから担当ウマ娘がいないんだよねー」
「先に言っておきますが、私はスカウトを受けるつもりはありませんので」
「そう言うってことは、普段からスカウトを受けてるってことだね。でも受けてないってことは何か理由でもあるのかな?」
「……私の問題ですので、特に大した理由があるわけではありませんよ」
「大した理由じゃない……あ!もしかして選抜レースの結果に納得いってないとかだったりして」
一瞬ぎくりと反応してしまう。
「え!もしかして当たった?」
「……見ていたんですか?選抜レース」
「いや、まだ手続きとかしててレースどころか生徒にすらほとんど会ってない。本当にただの勘」
「鋭い勘ですね」
彼女は嬉しいのか、笑顔で尻尾を揺らしている。
「でも、それは大した理由じゃなくないでしょ」
「はい?」
「負けて悔しくて、こんな時間まで練習をしてるんだ。それは十分断る理由になると思うよ。それにウマ娘は走りのためなら多少のわがままは許されるからね」
「そういう……ものなのでしょうか」
「そういうものだよ。それでさ、もし君が次の選抜レースで納得のできる結果を出したらスカウトを受けてもらっても良いかな?」
「ここでの練習しか見ていないのに良いんですか?」
「君の実力は練習を見てれば高いことが分かるし、何より性格が凄く私好みなんだよね。だから選抜レースで納得できたら受けてくる?」
この人は気に入ったというだけで何ヶ月も先の選抜レースまで待てるのか。
よろしくお願いします。そう言おうとした時にふと気づく。
「すいません、一つ宜しいでしょうか?」
「ん、何?」
「もしかして、手続きが終わるのが選抜レースの直前とかで、手続きが終わったら直ぐに担当が欲しいとかじゃないですよね」
「……鋭い勘ですね」
「スカウトは受けません」
「ごめんてー、でも君のことが気に入ってスカウトしたいのは本当だよ~」
分かりやすく困った顔をして、手を合わせながら謝ってくる彼女に口元が緩んでしまう。
「さてと、そろそろ寮に戻るとしますか……おかしなトレーナーさんもいますしね」
「私一応君の先輩に当たるんだけどおかしなトレーナー扱いは酷くないかな!」
「では、私はもう帰るのでおかしな先輩トレーナーさんも帰ったらどうですか?」
「なんか増えてるし~……君をスカウトしたいのは本当だからね」
「今更取り繕っても遅いですよ」
初めて出会ったウマ娘のトレーナーは、いじりがいのあるトレーナーさんでした。
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「やあ、昨日ぶり」
「……何でまた来てるんですか」
「暇なんだよね」
「仕事は無いんですか?」
「終わらせてきた」
彼女はにこにこしながら私の練習を見ている。
「言っておきますが、まだスカウトを受けるつもりはありませんよ」
「別にいいよ、君と会話がした……君って名前なんだっけ」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまうが、私は悪く無いと思う。
「グラス。グラスワンダーです」
「そうかグラスワンダーか。じゃあ……ワンちゃん!」
「犬じゃないですか。グラスでいいですよ」
「わかった、よろしくねグラス」
「何についてのよろしくなんですか」
「暇な時はここに来るからよろしくね的なよろしく」
「分かりづらいですよ。ですがよろしくお願いしますね、トレーナーさん」