FC2ブログ

Home > ウマ娘 > 【ウマ娘】SS マチカネフクキタル 「バスの扉が開いた後も、彼女はただ空をぼんやりと見ていて僕が声をかけても何も答えてくれなかった。」

【ウマ娘】SS マチカネフクキタル 「バスの扉が開いた後も、彼女はただ空をぼんやりと見ていて僕が声をかけても何も答えてくれなかった。」

  • Posted by: 大蠍
  • 2021-05-23 Sun 07:36:08
  • ウマ娘
1621705098046.png


バスの扉が開いた後も、彼女はただ空をぼんやりと見ていて僕が声をかけても何も答えてくれなかった。
それが数分も続いたので流石に怖くなって彼女の肩に触れると、ハッとしたようにようやくこちらを見てどこか嬉しそうに笑った。

「どうしたの?」

「嬉しいことがあったの、とっても」

彼女の髪の先から雨も降っていないのに雨粒がぽつりと落ちて、アスファルトの上ですぐに蒸発した。

「どうしたお前さん達、はよう乗らんと後がつかえる。わしは早う婆さんに会いに行きたいんじゃ」

バスの中にいる老人の一人が僕達に声をかける、老人だけじゃなくバスに乗っている全員が自分も同じだと抗議の目を向けていた。バスの運転手もこちらをじっと見ている。

「待たせちゃってるみたい。行こっか」

「あぁ」

彼女が僕の手を握ったままバスの中に入って、また微笑んだ。だけど、いつも笑ってた女の子は手を引こうとせずに、ただ少し自分にも視線を合わせようともせずに目を伏せた。こんな彼女を見るのは始めてだ。
ちょうどそれは、僕がバスの入り口に足を一歩踏み入れていたところだった。

「私の事、好き?」

当たり前のことを彼女は聞いた。

「好きじゃなかったときがなかったぐらいに」

当たり前のことを僕は言った。
ふとどこかから声が聞こえた。



彼の容体が急変した。そう聞いて一番早く飛び出したのはミークさんでした。
桐生院さんが私達に伝えに来ていた時にはもう走っていっていて、私たちも遅れてびしょ濡れのままで飛び出していきました。
ウマ娘専用レーンにはとても感謝しなくてはなりません、車よりも早く病院へと駆けつけることができるのですから。ターボさんもタンホイザさんもそして私も、制限速度ギリギリまであがる息も構わずに走りました。ただみんなお兄ちゃんの事を考えていて、苦しいとかそんな思いが入り込む余地がなかったのです。
病院に到着しても、できる限り速度を落として謝りながら廊下を走ると、ミークさんが見えました。お兄ちゃんの病室の前でへたり込んで手で口を押えていました。

「ミークさん…お兄ちゃんは…」

「いや…いや……やだ……行かないで……兄さん……」

ミークさんの視線の先には、お兄ちゃんがいました。周りにはお医者さんとナースさん達が急いで声をかけたり、注射を打ったりしながら声をかけていました。
病室の心電図からはただ一定の高音だけが鳴りびいていて、お兄ちゃんはただ眠っているように、もう起きないと私たちにわからせるようにただ、安らかに…。私たちがただそこから一歩も動けずにいると、お医者さんが私たちを見て視線を床に向けてから腕時計を見ました。

「とても、残念なことですが…」

「いやだ!」

ターボさんが叫んで、お医者さんを押しのけてお兄ちゃんの胸に縋りつきながらまるで、寝坊している人を起こそうとしているように揺らし始めました。

「やだ、やだ! トレーナーはまだ生きてるもん! 死んでなんかない! すぐに、すぐに起きて、元気になってまたターボの練習を見てくれる! そしてまたみんなで一緒にご飯食べて…みんなで笑って…だからほら、すぐだよ、きっともうすぐ…目を開けて…おはようって、笑っておはようって…そうでしょ…? ねぇマチタン、そうでしょ? トレーナー、死んでなんかないよね…?」

「ターボ…ターボぉ…」

ぼろぼろと大粒の涙がターボさんの大きな瞳から流れ出して、タンホイザさんは彼女を抱きしめると自身もまた嗚咽を漏らしてついにはターボさんとお互い支えるように床に崩れ落ちました。
ミークさんも涙をこぼして、私だけがただ茫然と立っているだけになりました。まるで地面がなくなったように足元の感覚が消えて、よろよろと自分が歩いている感触もなく気づくといつの間にかお兄ちゃんの顔を見下ろせるところまで来ていました。

「お兄ちゃん、私ね…ずっと伝えたかったことがあるんです。自分なんかじゃ無理だって、そう思って、諦めてたけど…聞いてくれますか…?」

胸に下げていたお姉ちゃんの指輪をそっとお兄ちゃんの胸に置いて、私は彼に伝わるように震える声を何とか絞り出しました。

「大好きです、お兄ちゃん。貴方がいるだけで、私はずっと幸せなんです。だから帰ってきて…もうお別れなんて、嫌だよ…」

涙が溢れてきて、お兄ちゃんの顔を濡らしました。

「お兄ちゃん…」



「お兄ちゃん」

聞き覚えのある声に後ろを振り向くと、妹ちゃんがバス停の中のベンチに座って泣いていた。いつの間に来ていたんだろう。
自分を呼びながらただ泣いている。またかけっこでもして転んだんだろうか、それとも自分達の事を聞きつけて止めに来たんだろうか。

「あらら、また妹ちゃんが泣いている、しょうがないなぁ全く…」

泣いているあの子へと向かおうとすると、腕が引っ張られた。見ると彼女はバスから動こうとせずにただこちらを悲し気な表情で見ている。

「どうしたの? 君を呼んでるんだから、行かないと後が恐いぞーまただるまを投げつけられる」

「呼んでいるのは貴方。わかってるでしょう?」

確かに、とても珍しいことに彼女の妹は自分を呼んでいるようだった。しかもとても珍しくお兄ちゃんと言ってくれている、とても上機嫌じゃないと言ってくれないのに。

「でも、ほら慰めないと。あれは何かとても悲しいことがあった時の泣き方だ。あれは開運グッズを壊しちゃったとき並だ、ほら行こう…」

「私は、行けないの」

「なんで、どうして? 喧嘩した? それなら…」

「わかるでしょ?」

彼女が微笑んで、その目の端から涙を落した。彼女が随分と小さく見える、手も小さく…いや、違う…そうか、俺が大きくなったんだ。

「…そうか、そうだった」

「こんなに背が高くなるのね、さらにカッコよくなってるし」

「君に、追い付こうとしたんだ。俺より背が高くて、綺麗だったから…」

お互いバスの入り口で笑い合う、笑い合って同じぐらい涙を流した。

「一緒に…バスに乗ってくれる?」

その願いに、自分は答えられなかった。行きたくなかったわけじゃなかった、だけど行けなかった。後ろで泣いている女の子がいたから。
それも彼女も気づいているのだろう、頷いて、また微笑みを向けてくれた。

「さっさと無理やり乗せちゃえばよかったかなぁ。いや、あの子が来なかったら乗せてたかも」

「嘘だね。ホントは待っててくれたんだろ、ほら君は妹にとっても優しいから」

「どーだろーねー? ギリギリだったんだよ、ギリギリ。あんまり待ってくれないから…」

彼女が運転席を見ると、運転手は不満げに腕時計を叩いていた。それを見てまた二人で笑う。
ひとしきり笑った後、お互いの目を見つめ合った。いつも二人でいた時のように。

「じゃあ、サヨナラだね」

「いいや、さよならじゃないさ」

「えっ?」

「またね。って言おう。だってほら、いつになるかわからないけどまた会えるんだし。もう俺は天国に行けないだろうから何十年、何百年になるかわからないけど…絶対また君に会いに行くよ…絶対」

「うん、うん…」

バスから脚を降ろすと、彼女の顔がそっと近づいて自分の唇と重なった。あぁ、どれくらいぶりだろう。あの時のままだ。

「じゃあ、長生きして、幸せになってね? うんと、お話聞かせて…待たせる分、いっぱい。そしたら少しの浮気ぐらい大目に見てあげる」

「あぁ…あぁ…! ごめんよ、一緒に行けなくて、ごめんよ……愛してるよ、ずっと…」

「ふふ私も、泣き虫さん…またね」

彼女はあの時のように微笑んでバスの席へと座ると窓から俺を見た。

「すいません、お待たせしました」

「いいんじゃよ、此処にいるみんなはみーんなお嬢ちゃんを羨ましがっとる」

「そうそう、こんなところまで見送りに来てくれる人なんてそういない、運転手さんも大目に見てくれるわい」

バスはそうやってワイワイと笑う声を響かせながらプーっと音がしてドアが閉まるとそのまま遠くの陽炎の中に消えるまで走っていった。俺はそれをずっと見ていた、消えるまでずっと。

「さてと…」

そうして泣いている妹ちゃん、フクへと向き直る。そっと頭を撫でると、彼女は潤んだ一目で見た。全く、いつまでたっても手のかかる子だ、そこが可愛いんだが。

「どうしたんだ、フクキタル?」



ふと、ぴこんという音がしたと思うと、もう一つ、もう一つとその音が多くなってきました。
部屋の皆が顔を上げて、そちらを見ています。泣いていたターボさんもタンホイザさんもミークさんも、お医者さんもナースさんもその波長を出し始めた心電図をただ見ていました。もちろん私も。
それに私が目を奪われていると、ミークさんが声を上げました。そうするとふと、私の頭を誰かがそっと撫でました、優しい、優しい覚えのある手…。
撫でてくれている人に目を向けると、うっすらと目を開けて、私に微笑んでくれていました。

「どうしたんだ、フクキタル…?」

お兄ちゃんはそういいました。

Comments: 0

Comment Form
Only inform the site author.

Home > ウマ娘 > 【ウマ娘】SS マチカネフクキタル 「バスの扉が開いた後も、彼女はただ空をぼんやりと見ていて僕が声をかけても何も答えてくれなかった。」

Return to page top