- 2021-05-23 Sun 09:00:00
- ウマ娘

サクラバクシンオーとともにURAファイナルを制して半年が過ぎた。
短距離の絶対王者となりながら、未だ長距離を諦めない姿勢は、一定の評価を受けていた。しかし、結局は勝ちきれない現実から、厳しい声が上がるのも当たり前で。
ファンからの手紙を選別する作業にも、悲しいかな慣れてきた。これは彼女に渡すやつ。こっちは俺だけが読むやつ。
バクシンオーは最近、ウマッターで積極的な情報発信をしてるらしい。
「サクラバクシンオーは望まぬ長距離を走らされている」なんて噂が上がってから、「委員長として、誤解は解かなければ!!!」といって、不得意なSNSに挑んでいるそうだ。
呟きに少し抜けた部分もあるが、努力の甲斐あり、今やバクシンオー自身が長距離を目指していることを疑うものはいない。
とはいえ、彼女の無茶な挑戦に苦言を呈したいファンは、一人や二人ではない。
何割かはウマッターで直接彼女に言っている。その度に彼女は懇切丁寧に返しているらしい。「私とトレーナーなら、必ず辿り着けます!待っていてください!!!」
人柄もよく、実績もあるスポーツマンにそう言われてさらに言葉を続けられる人間はそういない。
だからまあ、彼女以外に実績のない私にお鉢が回ってくるのは当たり前というべきか。
私に向けられた手紙の内容は様々で、短距離に専念させるべきだとか、もっと前から長距離に向けた練習をすべきだったとか、そもそもお前の力不足だとか、彼女から離れろとか、文体が丁寧だったり荒かったりの幅はあるものの、概ねそういった内容だった。
古典的だが、剃刀が入っていることもあった。
以前ミホノブルボンのトレーナーに愚痴を零した時、警察への相談を勧められたが、「大事にはしたくない」と断った。
バクシンオーには、前だけを向いていて欲しい。後ろのことなど気にせず、誰よりも早くゴールに駆ける。今はまだゴールは遠いが、きっと彼女なら、誰も辿り着いていないゴールのテープを、1番に切ってくれるはずだ。
そんな彼女に、後ろを気遣わせるようなことはさせたくない。それが、彼女に夢を見せた私の責任だ。
トレーニングの機材を見繕うため、街に出たとき、私のことをよく思っていないらしいファンに出くわし、腹部を刺された。
私にナイフを突き立てた人物は、しきりに、「お前のせいだ」と呟いていた。
そいつのカバンに掛かったバクシンオーを模したストラップに、血がかかるのが見えた。
刺されたのがバクシンオーじゃなくてよかった。と、心から思った。
同時に、きっとこれが、彼女を勝たせられない私への罰なのだろうとも、同じく心から思った。
倒れ伏しながら考える。バクシンオーは私がいなくても大丈夫だ。十分な基礎はできているし、私が伝えるべきことは既に全て伝えている。彼女の実績を考えれば、すぐにでも私より遥かに有能なトレーナーがついてくれるはずだ。トレーニングの効率が悪くなるようなことはあるまい。
私が居なくなることで、彼女のメンタルに与えてしまう影響だけが心配だ。
彼女には後ろの向いて欲しくない。
後ろで立ち止まってしまった私のことなど気にしないで
真っ直ぐに、前人未到の、誰もいないゴールを目指して欲しい。
そんなことを願いながら、意識を手放した。
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